3/16 大人のそり遊び(谷川岳雪山登山)!


2008年03月16日

8:28
インターネットで10本刃アイゼンを買った、山遊びの行動範囲を広げるためである。安いと思ったら韓国製であった、当然説明書はハングル語で読めない。しかし、軽くて使い勝手は良さそうである。もっとも信頼性は?の域を脱しえないが!人間道具を買うと当然使いたくなるものである。

初心者向きの雪山を探してみると、谷川岳がヒットした。アクセス簡単で、日帰り登山可能。おまけにケーブルカーで標高1400メートルまでショートカットできる。しかし、太平洋と日本海の分水嶺に位置するこの山域は、いつも天候が悪いらしい。ただ、1年のうちで3月は天気が安定する時期であるとのこと。こうして調べているうちにだんだんと思いが膨らみ、10年以上前に天神平のスキー場から眺めた、紺碧の空にそびえていた、あの真っ白なにゃんこの耳のような谷川岳にどうしても登りたくなってきた。

しかし、雪山など登ったことが無い、さすがに一人では心細いので、桐生のhebereke隊長に声をかけてみた。答えは、「仕事が忙しすぎて前日にならないと行けるかわからない!」とのこと。こうなると、単独登山で計画を組み立てるしかない。天気が快晴以外の時は、山頂まで無理していかない。登山者カードをちゃんと作成する。万一の場合に備え、ツエルト、火器、非常食、ダウンシュラフ等、ビバークできる装備を持っていく。あれも、これもと45Lのザックに詰め込み、重さを量ってみると15キロにもなってしまった。そこで、ダウンシュラフをシュラフカバーとダウンジャケットに変更、ツエルト用のペグはスチール製からアルミ製に変更し一応軽量化策を施すと2キロの減量に成功し、13キロ程になった。今回は運動不足解消も考えていることから、これぐらいの負荷は必要と思い、日帰り登山では少々荷物が大きいと思ったが、最後に下山用の秘密兵器をザックにくくりつけ準備が完了。

が、その日の夕方、hebereke隊長から朗報のメールが届いた。「仕事に目途がついたので、土合駅8:30に待合わせよう!」とのこと。これで、一安心である。ただ、パッキングし直すのはめんどくさいので、装備はそのままで行くことにした。

3/16 朝5:30に自宅を出発 6:30大宮発新幹線トキ301号に乗り込み、わずか30分で高崎に到着。ここで水上行始発の上越線に乗り込む。私と同じ登山装備をした人が幾人かいるものの、当然のことであるが座席はガラガラである。そして、hebereke隊長と新前橋で合流。半年振りの挨拶もそぞろに、hebereke隊長は私のザックにくくりつけられている秘密兵器(※子供用簡易そり ロジャース\280)を見て、大喜びしている。どうやら、隊長も私と同じく「そりで楽々下山計画」をたくらんでいたらしいが、肝心の「そり」を誤って掃除中に捨ててしまったとのこと。



2008年03月16日

9:52
8:28土合駅の地下ホームに到着。この駅で降りるのは初めてであるが、うわさの500段の登り階段が、我々の前にはだかってきた。他の登山者は足早にいなくなり、早くも我々は最後尾となってしまった。

Hebereke隊長はしきりに、なつかしいを連発している。登山者カードを提出し、ひとけのない駅前にでると、快晴の青空の下、朝日に照らされた白銀の山が目に入ってきた。Hebereke隊長に山の名前を聞くと「白毛門 シラガモン標高1,720m」とのこと。尾根づたいの登山道はかなりの急登で、辛そうではあるが一度登りたい山である。

ここから、20分程車道を歩くと谷川岳ロープウェーイ土合口駅に到着、往復キップ2,000円を購入すると、あっという間に天神平に到着である。ゲレンデの隣の急登をワッセワッセと登ると体が温まってくる、暑い暑すぎる。しかも雪はグチャグチャでアイゼンを履く意味がない。早々にアンダーとして着てきたユニクロのフリースをザックに突っ込む。

これで、上半身は化繊100%Tシャツとレインダンサーの2枚、下半身は化繊パンツのうえに上州屋で買ったカッパのズボンだけである。なぜ、レインダンサーでなく上州屋カッパを履いてきたかというと、ズボンにポケットがあり使い勝手が良いことと、安物だから、たとえアイゼンの刃で破いてしまっても精神的ダメージは最小限に止められると思ったからである。この選択は大正解であり、この上州屋カッパズボンはまったく蒸れることなく、しかも防水も完璧であった。

ワッセワッセと天神尾根に這い上がると、そこには「ドーン」と雪の谷川岳が鎮座し、最高の撮影スポットがある。



2008年03月16日

10:10
登るにつれて、グシャグシャのくされ雪はしだいに硬くなってくる。熊穴沢避難小屋あたり(当然小屋は雪の下である)で、小休止しアイゼンを装着。何だか、いっぱしの登山家になった気分になる。しかし、hebereke隊長はモンベルのザックにピッケルが装着してあるし、他の登山者もみなピッケルを持っている。ストックしか持っていない自分は何か中途半端な気がしてきた。(杖としてなら、ピッケルよりストックの方が良いが、滑落時の制動はピッケルにはかなわないし、なんといってもカッコイイ!来シーズン買をうかな?)


ここから、頂上までは急登となるが、hebereke隊長が重登山靴によるキックステップでガシガシ道を作ってくれるので、後続の私はその足跡をたどるだけなので楽チンである。天候は無風快晴で雪山と思えないぐらい暑い、なんとhebereke隊長はTシャツ1枚で登っている。12:00肩の小屋に到着、さすがにここまでくると、薄着ではきついので一旦脱いだフリースを再び着込む。ここまで登れば、トマの耳はもう目と鼻の先である。



2008年03月16日






2008年03月16日

12:19
肩の小屋からは5分程で頂上に到着。頂上は既に7、8人の登山者が記念撮影などをしていたが、すぐに順番がまわり我々も記念撮影。その後、hebereke隊長の持ってきたウィスキーで乾杯した、もちろん肴は最高の展望である。



2008年03月16日


ふと、オキの耳を見ると、誰もいない。これは行くしかないでしょう!新潟県側からの強い風により成長した雪屁に注意しながら、10分程でオキの耳に到着。こちらは、我々だけなので、登頂の気分爽快最高である。ここで、hebereke隊長はウィスキーを1杯山に捧げ、次の一杯をぐぃと一気に胃袋に流し込むと、「ウオー、ウメー、クェ?」とほえていた。



2008年03月16日






2008年03月16日

12:44




2008年03月16日


さて、下山はいよいよ秘密兵器発動である。肩の小屋からの急勾配、さあソリで滑るぞとのその瞬間、無常にもそりは、バランスをくずした私を残し、一人で滑り落ちていった。距離にして50メートル程である。苦労して登ってきた一番良い場所を結局そり無し、ケツで滑ることになった私を見てhebereke隊長大笑いである。



2008年03月16日

13:45
その後の雪田は、hebereke隊長がソリに挑戦!「順調な滑りだしと、その後の加速に対し、ピッケルでブレーキをかけることもなく、しだいにコントロールの利かないスピードに達した隊長は、ゴゴゴーと雪崩の巣窟と化しているマチガ沢方面に消え落ちていったのである!」  イワナのえさだな! お終い・ ・ ・



2008年03月16日


・・・という期待を裏切り、隊長は特段危なげなこともなく楽しそうに滑り落ちていった。時間も午後にはいり他の登山者はみな下山してギャラリーがいないのが残念である。その後、やばそうな斜面はhebereke隊長、穏斜面は私と交代しながら、大人のそり遊びを満喫しながらの楽々下山となった。

14:30天神平スキー場に無事到着、土合発15:32の電車に乗り込み、下戸の私にはめずらしく帰りは電車内宴会でビールを1リットルも飲んでしまった。

PS 隊長とまた遊びましょうと別れてから、小山駅で酒が完全にさめた私は、寒さに耐え切れず、谷川岳ではまったく出番がなかったセーターを小山駅構内で着込んで寒さを凌ぐのであった。




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